令和の革命教員

学校教育はおかしいぞ

不登校生に社会や文科省は責任を持て!

こんにちは、とある革命教員です。今週はとにかく忙しかった。でも10月になると、一学期に延期した学校行事のしわ寄せがドンとやってきます。私の健康が脅かされることでしょう。今で泣きそうなほどしんどいのに・・・・。がんばれ、わたし!

 

以前申し上げたと思いますが、私は引きこもりたい願望があります。人と接することが嫌になる時期がたまーにやってきて、相手にひどいことをしてしまうことがあります。しばらくして、すまなかったなぁと思うのですが、時はすでに遅し。取り返しのつかないこともあります。だから、トラブルを生むくらいなら最初から関わりたくないなぁと思うことがあるんです。でも、一人でい続けると頭がおかしくなってしまうのも事実です。どうしたらいいんでしょうね

 

さて、毎年、どの学年にも不登校生はいます。今まで不登校生のいない学年に出会ったことがありません。文科省のデータによると、小学生に比べ、中学生になるとその数は一気に増加しているそうです。また、中学生ほどではありませんが、高校生も高い数値で推移しています。

 

中でも中学生は平成19年度に一度ピークをむかえ、その後一時的に減少しているものの、平成25年度を境に一気に増加しています。ここ15年ほどは、おおむね5万人前後で推移しているようです。

 

学校教員をしていて、不登校生に対して様々なかかわり方をします。でも、最近のトレンドは学校に行くことを強要せず、ありのままの相手を受け入れてあげようとすることです。簡単な話が、「休んでいいよ」と認めてあげます。

 

でも、こういった対処は不登校生にとってはありがたい話ですが、保護者や不登校症状が落ち着いた時の生徒にとっては焦りにしかつながりません。

 

理由は簡単です。日本では、学力がないと、進学や就職で躓いてしまうことを理解しているからです。

 

では、今の社会を生きる子どもの生きづらさに、大人はどう向き合ったら良いのでしょう。

 

残念ながら、私はまだ答えを探しているところです。

 

でも1つ思うのは、「なんだかわからないけど学校がしんどい」という子は、「学校」がしんどいというよりも、成長モデルに圧迫され、社会のゆがみの中で上手に適応できないことがしんどいということです。学校ではなく、今の社会での人生設計がしんどいんです。要は学力至上主義です。

 

だったら、変わるべきは社会です。「学校に行かなくて良い」と学校機関だけでなく社会として認めてあげるなら、学校に行かなくても子どもが人生の展望を描ける社会を作らなくてはいけないのではないでしょうか。社会のシステムが変わるように、僕ら大人がそれぞれの場所で動かなくちゃいけません。

 

行きたくなる学校を作ったり、生きる上で必要な力を身につける学校以外の場所を作ったり、そんな情報を発信したり。子どもに責任を負わせるのではなく、私たち大人が考えなければならないと思います。

 

 

 

学力ってなんだろう。

 

 

 

僕は常にそれを考えています。点数で表せる学力もありますが、点数が全てではないはずです。

 

学習に向かう力、学びたいと思う気持ち。更に言うと、困ったことに出会ったとき、すぐに人に尋ねるのではなくまず自分で調べようとする力。それが社会に出る上で重要な力で、僕たちが大事に育てようとしている力です。それが一番大切な力だと思いますが、点数化することなんて誰にもできません。

子どもが将来を描けなくてしんどいと思う社会は、これまでの大人が作ってきた社会です。私一人の力じゃ世の中は変わらない。でも、私の小さな力で少しずつ学校の教育方針なら変えられると思っています。

どの大人にも、自分が変えられるものがあるはずです。未来のために動きだしましょう