令和の革命教員

学校教育はおかしいぞ

人間ってどういう生き物なんだろう

地球上には、植物・動物・その他あらゆる種類の様々な生物が共存して、生活しています。

 

そのうちの昆虫類は、節足動物に属しています。節足動物は昆虫類以外に甲殻類(エビ・カニの仲間)、クモ、ムカデなどの動物も含みます。で、合計で1100000種類以上の種類がいるといわれています。一方で、私たち“ヒト”は脊椎動物に属しています。脊椎動物は約5100種類しかいません。そう考えると、昆虫の仲間がいかに種類と数が多いのかということが分かりますね。

 

さて、昆虫類の仲間の多くは“はね”を4枚持っています。その“はね”は生まれながらについているわけではありません。昆虫類は卵で仲間を増やします。卵から生まれた直後の幼虫にはもちろん“はね”はついていません。たいていの幼虫は土中、あるいは地上で生活しているために“はね”は必要ありません。

 

幼虫からさなぎになるとしばらく活動を停止して同じ場所にとどまってじっとしています。もちろん、呼吸まで停止しているわけではありません。静かに時間が過ぎるのを待っています。しかし、体の中は時間とともに成長し続け、数日後には“はね”が生えてきます。もちろん、これまでの過程の中で多くの昆虫が絶命してしまうのも自然界の摂理なんですが・・・・

 

昆虫にとっての最大の難関は“羽化”です。すなわち、完全に“はね”が生え、いよいよ生まれて初めて飛び立とうとするときです。誰に教えてもらうわけではなく、その昆虫が親から受け継いだDNAの指令によって、飛び立ちます。有名な“セミ”は生まれてから約七年間も土中で生活し、この瞬間にすべてをかけているんです。セミやチョウ、トンボの仲間は空を飛べないと生活できません。さらに、自分の子孫を残すこともできません。とべないまま、地上をうろうろしていると、エサを探し、たどり着くことができないだけでなく、鳥などの天敵にすぐに発見され、逃げることもできないまま食べられてしまうのです。

 

この“羽化”から初めて飛び立つ瞬間に、失敗すると二度と飛べません。さらに、それは昆虫にとっての“死”を意味します。今までやったことのない空を飛ぶという行為を練習をすることなく、飛び立とうとするのです。

 

とぶタイミング。

 

羽をどう動かすのか。

 

力の入れぐあい。

 

どの方向にむかって飛ぶのか・・・・。

 

これらは、すべては本能、その個体の生命力次第です。練習なんてもちろんありません。誰にも教えてもらうこともなく、ほかの生物が飛び立つ瞬間を見たわけではなく、“本番”一回だけで決めるしかありません。そう考えると、チョウの偉大さがひしひしと伝わります。

 

脊椎動物の中でも“鳥類”“哺乳類”は「親が子の世話する」という自然界の中での権利と義務と能力を持っており、その中でも“ヒト”は一番、進化した生物だから、何をするときでも「教えてもらう」「練習する」「準備する」ということを繰り返しています。

それこそ、一生を左右するような大きなことに対して“ぶっつけ本番”でのぞむことは皆無ではないでしょうか。だからこそ、「準備を大切にすべきだ」と思っています。「やろうと思えば、できたこと」を今のうちにしておかないと、本番で失敗したときにとても後悔します。だから、「ここ一番での失敗」の結果を悲しむより、「準備していなかった」「練習不足だった」過程を悔やむことの方が多いのだと思います。

 

 

 

 中学校生活は社会人になるための準備期間です。たくさん失敗すればよいと思います。大人になって、失敗しないために・・・。

 

思えば、この中学生という時期は“さなぎ”の時なのかもしれません。

心静かに毎日を過ごし、それでも内面と外見は着実に成長し、大人になっていきます。毎日の生活そのものが大人になるための準備の日々だと思います。そんな学校生活の中では様々なことが起こります。そしていろいろなことに対して、まず“考えること”と“思うこと”から始めて、時には、ほんの一歩踏み出して、それを「表現すること」、「行動すること」に移していくことで少しずつ成長していきます。

 

中学生という年齢は、子どもでもなく、大人でもない成長の過渡期です。しかし、平安時代のころは12~16歳の男子は元服といって、一人前の大人として認められる儀式を行っていました。だからこそ、「今まで考えたこと」、「今思うこと」「これからの自分」「将来の夢」などを表現することから始めてほしいです。そして様々な人の“思い”に触れることで、人として良い生き方をする志を立てることが大切だと思います。